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病室で見た、
もう一人の俺
意識のある手術
前に、三回の手術の話を書くと予告した。今日はその話から始める。
冠動脈3本。カテーテル手術を、3回に分けてやった。一回につき3泊4日。
麻酔は手首だけ。つまり、意識は全部ある。
目の前で自分の心臓の処置が進んでいて、先生たちの会話も全部聞こえる。
「あれ?」「おかしいなあ?」
いやいや、こっちが怖いわ。
担当は若い女医さんだった。診療室に写真が貼ってあって、なかなか可愛い。ただし本人はずっとマスクで、素顔は一度も見ていない。
あとで知ったが、その写真、7年前のものらしい。「先生、それって詐欺じゃん」と言ったら、笑っていた。
そんな先生だが、言うことはえげつない。
ただ、俺の血管は相当な難物だったらしい。やっと梗塞部分が開いたと思ったら、その先にもう一か所詰まっている。さっきの「あれ?」の正体は、たぶんこれだ。
途中からベテランの男の先生が補助に入り、最後はその先生が仕上げてくれた。その一部始終も、ベッドの上で全部聞こえていた。意識のある手術というのは、そういうことだ。
ただ、この入院で一番忘れられないのは、手術そのものじゃない。病室で見た風景だ。
病室の風景
俺が入ったのは循環器の病院だ。同室は、心筋梗塞だらけ。
糖尿や肝硬変を併発して透析をしている人がいた。足を切断する寸前の人もいた。
若い奴が骨折で入院してるなら、何を食ったっていい。でもここは、そういう病棟じゃない。
ある日、同室の男が、看護師さんの隙を見て携帯を取り出した。病室では使用禁止だ。小声で家族にかけている。
「病院の飯はまずくて食えない。味の濃いふりかけ持ってこい。缶詰もな」
面会室では、糖尿のばあさんが、家族が持ってきた菓子パンを食べていた。クリームパンと、アンパン。
先生や看護師さんが毎日、口を酸っぱくして食事の話をしている。その裏で、こうだ。持ってくる家族も、家族だと思う。
正直、腹が立った。命の瀬戸際にいて、なぜ変えられないのか。
あれは、俺だった
でも、腹を立てながら、途中で気づいてしまった。
俺に、あの人たちを責める資格があるのか?
健康を20年学んだ男が、朝から天丼をかき込んでいた。毎晩ビール1リットル。タバコ二箱。医者に三回「死ぬよ」と言われて、それでも一か月仕事を続けた。
面会室の菓子パンと、俺の天丼。何が違う?
何も違わない。
病室で見た風景は、他人事じゃなかった。鏡だった。ベッドの上から腹を立てていた相手は、少し前の俺自身だった。
食が体を作っている。その一番簡単なことが、一番伝わらない。俺自身が、心臓を3本詰まらせるまで分からなかったのだから。
聞いてほしい人は、来てくれない
昔、PTA会長をやっていたことがある。
講演会を開けば、来てくれるのは、もともと意識の高い親ばかり。本当に聞いてほしい家の席は、いつも空いていた。
病室で、あの時と同じ虚しさを思い出した。
正しい話ほど、届いてほしい人には届かない。押しかけて説教したところで、人は変わらない。俺だって、20年分の知識を持ちながら変わらなかった。
どうしたら伝わるのか。正直、答えはまだ持っていない。
だから、地図を置いておく
ただ、一つだけ分かったことがある。
人は、説教では変わらない。でも、自分で探しに来たときには、変わることがある。俺が痛風の痛みに耐えかねて、半信半疑で学校の門をくぐったときのように。
だから俺は、押しかけるのをやめた。
代わりに、地図を置いておくことにした。
いつか誰かが「ちょっと変だな」と思って探しに来たとき、見つけられる場所に。一度死にかけた男の失敗談ごと、全部。
それが、このブログだ。
———それと、予告していた「二年前から続けていた習慣」の話。あれは、もう少し先で書く。順番というものがある。

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